水の話
 
暮らしの中の水草
水草と普段の生活とは、あまり縁がないように思われてます。水草と聞いて思い起こすのは金魚鉢や熱帯魚の水槽で揺れている姿です。しかし、毎日食べているお米は、水草の一種である稲の実です。そして日本家屋には欠かせない畳も稲藁と水草であるイ草で作られています。かつて夏には欠かせなかった葦簾(よしず)の原料となる葦も水草です。こうした水草で作られた畳表や葦簾が日本の住まいに与えた影響には大きなものがあるのです。

有害物質を吸収・分解するイ草
 熊本県八代地方は日本一のイ草生産を誇っています。茎の直径は1mmほど、良質なものは160cmほどにも成長します。イ草はイグサ科の多年生植物で、原産地はインドとされています。いまでは日本各地の谷間や湿地などにも生えていますが、種子がついたままゴザとして編まれ、その種子が運搬の途中でこぼれ落ちたのが、自生したのではないかとも言われています。種子といっても非常に小さく、楕円形の長い方でも0.6mmしかありません。重さも1,000粒集めてやっと30mgです。

 それにしても、細くて長い茎がよくも倒れずにまっすぐに伸びるものです。一つには、一辺が20cm四方の大きさの網をイ草の田の上全体にかぶせ、イ草が倒れないように支えるからです。そしてもう一つは、イ草自体が特殊な構造を持っているからです。イ草の断面は竹や稲などと同じ円形をしています。しかし、芯は白いスポンジ状のものでできています。しかも、この芯はハニカム構造となっているのです。

芯がスポンジ状になっているということは、畳表に加工したときに多くの長所を生みだします。まず、弾力性に優れているということはいうまでもありません。遮音性や保温性も高まります。木材と同じように、湿度調整という働きもしてくれるのです。さらに最近の研究によると、畳は空気中の有害な窒素酸化物や、最近問題となっているシック・ハウス症候群の原因とされる様々な化学物質の吸収・分解をする効果があるとされています。そのため、イ草を使ったフィルターなどを作り、部屋の空気浄化に役立てようとする研究も行われています。
畳表
刈り取られたイ草は乾燥、泥染めされたのち、織機で畳表に加工されます。

イ草の花 イ草の花
イ草は、種子から発芽させたものや自生のものでは、せいぜい50~60cm程度にしか成長できません。栽培されているイ草は株分けで育てられます。イ草は地下の根茎から芽を出します。根元近くに節があり、各々の節の部分にタケノコのような皮(葉鞘一ようしょう)がついています。この節は全部で6つあり、最後の節から一気に茎を伸ばします。葉鞘の先についている、長さ約2mm、髪の毛ほどの太さのものが葉です。葉というよりは、退化した葉の痕跡というべきかもしれません。

「たたむ」から発展した畳
 畳の大きさは地域によって異なります。サイズの最も大きいのが関西から九州で使われている本間間あるいは京間と呼ばれるもので、次いで中部地方の三六間あるいは中京間、そして関東で使われている五八間あるいは田舎間と呼ばれるものです。いまではより小さい団地間も作られています。もともと、日本の住まいは畳の大きさに合わせて作られたのです。しかし、畳が与えた影響は住まいのサイズだけではありません。

畳は日本独自の床材ですが、いつ頃から現在のような畳が作られるようになったのか、はっきりとは分かっていません。一説によると、遣唐使によって中国(唐)からゴザと一緒に伝えられたともいわれています。遣唐使といっても、630年から894年とかなりの幅があります。しかし、奈良時代の神亀年間(724~728)には、木製の台にマコモで編んだムシロを5~6枚重ね、その上に薄畳を2枚ほど重ねて敷いたものがあったとされています。

当時の畳は部屋一面に敷き詰めるのではなく、畳1枚に1人が座る、敷物に近いものであったようです。平安時代に描かれた絵巻物などをみても、板敷きの床に敷物として畳が置かれています。ゴザは畳表と同じものです。使わないときはたたんで仕舞ったり、持ち運ぶことができます。だから、畳の語源は「たたむ」という意味からきているともいわれています。当時の畳は「厚床」の上に敷くものだったようです。厚床は身分の高い人ほど厚くなっていました。それが鎌倉時代から室町時代にかけて、畳の床材としてワラが使われるようになり、現在のような畳として完成されていきました。

畳が生み出した日本の住まいと文化
 この頃、日本の建築様式にも一つの変化が表われています。平安時代の貴族の住まいの代表といえば寝殿造りです。この建物には今でいう窓がありません。建物全体が開け放たれた雰囲気です。それが武士の時代になると、書院造りが建築されるようになり、やがて部屋全体に畳が敷かれるようになってくるのです。

 高温多湿の日本では、冬の寒さよりもむしろ夏の蒸し暑さをいかにして防ぐのかということが、住まいにとっては重要です。そのためには、風通しがよくなるような開け放しの造りにするのも一つの方法です。一方、畳は1枚で約500ccの水分を吸収・放出できるため、部屋の湿度調整をしてくれます。畳を部屋に敷き詰めれば、夏の蒸し暑さもかなり和らげることができるのです。さらに保温性にも優れているので、冬は室温を保つこともできるのです。

畳はマットや椅子と違い、床の上のどこにでも座ることが可能です。畳の上での生活は日本独自の正座という座り方も生みだしました。日本の生活文化は畳によって作り出された面がきわめて大きいのです。
畳敷きの部屋
深いひさしと縁側に葦簾の掛けられた畳敷きの部屋。暑い夏をいかに涼しく暮らすかを考えた日本建築ならではの工夫です。(愛知県東加茂郡足助町・三州足助屋敷)


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