水の話
 
山村の貧しい食事から代表的日本食へ
まるで雪でも降ったかのように、一面が真っ白い花で覆われた蕎麦畑。
蕎麦の産地では、蕎麦畑そのものが観光名所となっています。
それらの地方には、蕎麦畑の背後に高い山がそびえています。こうした風景は植物としての蕎麦がもつ特徴と同時に、食料としての蕎麦の担ってきた歴史を表わしているのです。

稲よりも古い蕎麦
 蕎麦と聞くと、ザル、モリ、カケといった蕎麦屋のお品書にでてくるものが思い浮かびます。しかし、こうした麺状にした食べ方は江戸時代以降に発達した調理方法で「蕎麦切り」というのが正確な呼び名です。かといって、蕎麦はけっして歴史の浅い食べ物ではありません。各地の縄文時代の遺跡から蕎麦の花粉や種子が発見されています。しかも縄文時代初期の約9,000年前の地層からも蕎麦の花粉が見つかっています。これは日本へ稲が伝わったとされるよりも古い時代です。
蕎麦の原産地は、中国南西部の高原地帯です。ここから世界中へ広まっていき、各国で食べられるようになりました。ただし、麺にして食べているのは日本、朝鮮半島、中国、ブータンくらいです。フランス、ドイツ、イタリアではパスタやクレープに使い、ロシアではお粥にしています。
ところで、蕎麦の字には麦の字が使われています。そのため麦と同じような種類の植物だと思われがちですが、イヌタデ、ギシギシ、イタドリ、日本のアイなどと同じタデ科の植物です。蕎麦は、古くは曽波牟岐(蕎麦ムギ)、九呂無木(クロムギ)などと呼ばれていました。蕎麦粉が麦粉に似ているからだといわれています。こうした表現は、蕎麦よりも麦の方が重要視されていた結果だといえそうです。つまり、蕎麦の方が弥生時代に日本へ伝来した麦よりも早く日本に伝わったにもかかわらず、それほどポピュラーな食べ物ではなかったということでしょうか。
フランス語で蕎麦のことを「ブレ・サラザン」(サラセンの小麦)と呼び、英語ではブナの実の形をした麦という意味の「バックホィート」と呼んでいます。ブナの実はトチの実などのようにアク抜きをしなくても食べられます。実の形も三角形で蕎麦の実に似ています。いまも各地に蕎麦粒山と呼ばれる山があります。いずれも、かつては鬱蒼としたブナに覆われた山でした。ブナの実が貴重な食料であったことを考えれば、そこに蕎麦の名前が付けられたということは、蕎麦も貴重な食料であったと考えられます。
蕎麦の実
三角形をした蕎麦の実。子実を取り除いた一番外側の殻は、昔から蕎麦殻枕として利用されてきました。

蕎麦の花

茶の伝来が蕎麦に与えた影響
 蕎麦はもともとどのようにして食べられていたのでしょうか。まず考えられるのが、籾殻(もみがら)を取り除いた粒状のまま、粥にしたり他の穀物と一緒に煮るという方法です。もうひとつが粉に挽いて調理する方法です。例えば蕎麦粉に熱湯を注いでよく練り、醤油などを付けて食べる「蕎麦がき」というものがあります。あるいは団子状にして雑炊にしたり、蕎麦の焼き餅といった調理方法もあります。ただ、粉にして食べるには製粉技術が必要です。古くからある製粉機といえば石臼がありますが、回転式の石臼は鎌倉時代に製茶用として中国から伝えられたものです。これによって、蕎麦の食べ方にバリエーションが生まれたのです。
ところで、蕎麦は石臼で挽いた方が、高速回転する製粉機を使ったものよりもおいしいといわれ、わざわざ「石臼挽き」を謳っている蕎麦屋さんがあります。高速回転する機械で蕎麦を製粉すると、発生する摩擦熱により蕎麦粉が変質して本来の味を損ねるからです。そのため、最近は摩擦熱の発生を抑える工夫をした機械もあるようです。この他、蕎麦が石臼の中に閉じ込められた状態となるので、粉も香りも逃げないとか、角が取れた丸い粒子になるなど、石臼には蕎麦粉の品質を一定に保つ働きがあり、おいしい蕎麦ができるといわれています。
蕎麦は黒っぽいほどおいしく、白いのはつなぎの小麦粉を沢山使っているためと思っている人がいます。籾殻を取り除いた蕎麦を玄蕎麦(げんそば)といいますが、これは外皮(甘皮)と子実で構成されています。この外皮も一緒に挽くと黒っぽくなるのです。木曽の開田村では玄蕎麦をすべて一緒にして挽きますが、同じ信州でも戸隠村では、更科粉、一番粉、二番粉などと挽き分けます。そのため、更科粉は見た目には小麦粉と同じように白い色をしています。
蕎麦の花
蕎麦の花一つひとつは3~6ミリほどの大きさです。実がついた上に茎を延ばしながら花をつけていくので、開花期間は20~30日にも及びます。

蕎麦を製粉するのに、昔から石臼が使われました。上にある臼の穴から少しずつ蕎麦を入れながら回すと、下側の臼との間から粉になった蕎麦が出てきます。
蕎麦を製粉するには、いまでも石臼が一番いいといわれ、動力は電気になっても石臼が使われています。 
石臼 電動石臼
こね鉢
蕎麦粉に水を加えてこねるのに使われた木のこね鉢。重量があり底が安定しているので、思いきり力を入れて練ることができます。 粉


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