水の話
 
すべての生命がたどった場所

海  汽水域(きすいいき)。最近はしばしば耳にするようになってきましたが、まだあまり聞き馴れない言葉です。中国語で「汽水」と書くとソーダ水の意味になってしまいますが、日本語では海水と淡水の入り混じった水域を指しています。しかし、海水と淡水は、たんに塩分の濃さが異なるだけではありません。しかも、汽水域には不思議なメカニズムがあるのです。

汽水域こそ生命進化を促した?
汽水域 生命の起源は海にあるといわれています。46億年前に地球が誕生して間もなく、太古の海が作られます。そして、40億年ほど前、最初の生命が太古の海で生まれ、様々な進化を繰り返します。やがて大気に酸素が満たされ、いまから5億年ほど前に海の中から陸上へと、生命は這い上がってきたのです。

海の生活から地上の生活へと変わるとき、生命は多くの難問を克服しなければなりませんでした。まず、体を乾燥からいかにして守るのかということがありました。5億年前に上陸した生命は胞子で増えるシダあるいはコケの祖先でした。胞子の発芽と成長には水が必要です。そして、初期の植物の化石はいずれもかつて水辺であった所で見つかっているのです。植物の後から地上の生活へ移った動物にとっては、呼吸のしかたをエラ呼吸から肺などによる呼吸へと変えていく必要もありました。いずれにせよ、海から陸へと進化するためには、波打ち際のような水中と陸上という2つの世界での生活があったはずです。それによって、徐々に乾燥に強い体へと変化させたと思われます。また、すべての魚は海ではなく、一度汽水域へ入り、そこで進化してから再び海へ戻ったものと、川に居着いた者があるとの説があります。仮にそれが本当だとすれば、魚は一度は汽水域を通過しなければなりません。

ところで、海と陸地の違いは水の有無といったことだけでしょうか。陸上で生活するとき、生命を維持するために使われる水は基本的に淡水です。海にすむ魚をいきなり真水の中へ入れるとどうなるでしょうか。浸透圧の関係で体の中へ水分がどんどん入ってきてしまい、やがては死んでしまいます。逆に淡水の魚を海水の中へ入れると、体の中から水分が出ていき、細胞が萎びて死んでしまいます。つまり、海から陸上へと進化する過程で、真水にも耐えられる浸透圧に調整する期間が必要ではなかったのではないのでしょうか。進化の順で考えれば、海から陸ではなく、その間に塩分濃度が徐々に薄くなっていく場所をたどって来たと考える方が自然です。そのような場所がまさに汽水域です。汽水域とは海水と淡水の間、つまり、海水に比べると塩分濃度は薄く、真水と比較すれば塩分が含まれている水域です。

数十キロも川を遡る海水
 海水の塩分濃度は‰(パーミル=1000分の1)という単位で表わされます。海水は通常は32~35‰で、1リットル中に32~35gの塩分が含まれていることを表わしています。水は土の中の様々な塩類を溶かし込みます。そのため、淡水は0‰ではなく0.5‰以下となっています。つまり、塩分濃度が0.5~32‰の範囲にある水が汽水となるのです。

では、河口域の水は海の方から徐々に薄くなっていくのかといえば、必ずしもそうではありません。塩水と真水は簡単には混ざり合わないのです。というのも淡水の方が海水よりも比重が軽いからです。日本海側は干満の差があまりありません。つまり、海から川へ向けて押す力が弱いのです。そのため、海が満潮になってくると真水よりも重い海水は川底を這うようにして川の中へと侵入してきます。河口部分では水面に近い所と川底の方とでは塩分の濃度が異なるのです。太平洋側は干満の差が激しく、川の水を正面から押すようにして潮が満ちてきます。そのため、川と海の水はかき回されるようにして混ざり合う場合が多いとされています。
鳥

鳥
たとえ小さな川であっても、河口では海水と淡水は何らかの形で混じりあい、汽水域をつくります。汽水域は栄養豊かな場所のため、多くの魚たちが集まり、それをエサとする鳥たちも集まってきます。
 海水は川の中をどのくらい遡るのでしょうか。海水と淡水は容易には混じり合わないとはいっても、川を遡るにつれ、徐々に海水は薄められていきます。つまり海水の影響を受けている水域はどのあたりまでかということですが、ときには10kmくらいにまで及ぶといわれています。利根川では河口堰が完成するまで、40kmも上流まで海水が入り込んでいました。このことは汽水域の代表的な貝として知られるシジミが獲れていたことからも分かります。もちろん川幅、水深、水量、川底の状態などによって海水の遡る距離は大きく変わってきます。


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