フジクリーン工業株式会社
水の話 サケの遡上part1
帰ってきたサケの群れ

 10月初めというのに、秋の気配が濃厚な北海道。午前2時半、「正栄丸」はまっ暗なオホーツク海へ向け、港をでました。目指すは沖合のサケ定置網。寡黙な北の漁師たちも漁場に着いたときだけは、声を荒げます。でも、それもサケを網からあげる数10分のこと。再び寡黙な海の男に戻ります。
 定置網にかかるのは、生まれ故郷の川へ遡上する前のサケ。かつて大幅に数を減らしたサケですが、近年は漁獲高が大きく伸びています。川を溯上するサケの姿も、多くの場所でみられます。

昔から高級魚として扱われたサケ
 正栄丸はサケ定置網漁のための漁船です。この日の海は波もなくおだやかでした。正栄丸が照らし出す海面に、いけすのような網が見えてきました。サケを追い込むためか、海面をサオでたたきながら、船はゆっくりと進み、やがて止まります。船上のクレーンが引き上げる網の中には、サケがいっぱいおどっています。網を再び海の中へ戻し、次の網へと向かいます。船倉にサケを満たすと港へと急ぎます。こうした漁を、時には1日に2度行うこともあるのです。定置網漁は8月下旬から11月末頃まで続けられます。
 1995年、全国のシロザケの漁獲は7700万尾以上を、北海道では5700万尾以上を記録しています。サケがたくさんとれるようになるのに従い、かつての高級魚から大衆魚へと移ってきた観があります。事実、サケの本場ではオス1尾が200~300円、500gほどの卵のつまったメスも1500~1600円という浜値で売られています。しかし、サケが大量にとれるようになったのは、長年にわたる努力があったからです。

国後島の影が、オホーツク海の中にぼんやりと姿を現す頃、定置網からサケを引きあげた漁船が標津の港へ帰ってきます。漁港は威勢のいい声に包まれます。


 人とサケの付き合いはかなり古く、縄文時代の遺跡からも、サケの骨が出土しています。また、平安時代には、サケは祭儀や官吏の給料としても用いられていたようです。サケというと、北海道の魚といったイメージが強いのですが、遡上河川の南限は太平洋側では千葉県あたり、日本海側では山口県あたりまで分布していました。朝廷に献上されるサケは、京都に近い日本海側の若狭、丹後、但馬といった国で捕れたもので、中には新巻ザケのようなものもありましたが、大部分は加工されていたようです。たとえば内蔵を取って干したもの、サケの頭を干したもの、腎臓や卵の塩漬けなどです。
 江戸時代にも、将軍家への献上品、大名間での贈答品として、サケが使われていました。さらにサケの減少を防ぎ保護するため、サケの産卵する川への立ち入り禁止など「種川制度」という方法を行う藩もありました。

大切に扱われた「神の魚」



ポー川史跡自然公園内に保存されている「番屋」とその内部に吊されているサケの干物。サケは、厳しい冬の保存食としても重要でした。
 アイヌ語でサケのことをカムイチェップと呼んでいます。神の魚という意味です。もともとアイヌの人たちは、動植物をはじめあらゆる事象には魂が宿っているという考えがあります。その中で、人々の生活にとって重要な意味があり、しかも人の力だけでは自由にはならないものは神であったのです。サケは、アイヌの人たちの暮らしにとって、なくてはならないものでした。つまり、毎年冬を迎える前に必ず川を遡ってきます。大型で美味しく、加工することによって冬場の保存食としても使える、大切な食料でした。しかし、毎年秋になれば戻ってくるとはいっても、豊漁の年もあれば、不漁の年もあります。不漁の年は、飢饉となり、多くの人が亡くなったということもあるようです。
アイヌの人がサケをとるときに使ったマレック(突き鉤)

とどめをさすための
イサパキッニ


サケの皮で作った
ケリと呼ばれる靴
 豊漁となるか不漁となるのかは、人の力だけではどうにもなりません。そこで「神の魚」として丁重に扱われたのです。捕獲するのも、本当に必要な分だけでした。捕獲したサケのとどめをさすのにも、イサパキッニという、いわば御幣のような棒が使われました。そうすれば、サケの魂はこのイサパキッニを土産にもって、神の国へ帰ることができるのです。もしも石などを使ってとどめをさせば、サケは泣きながら神の国へ帰り、その川へは再び戻らなくなるというのです。というのも、魚を司る神が、東の海に魚の骨をまくと、それがサケになって秋に川を遡上するとアイヌの人たちは信じていました。サケを粗末に扱うと、魚を司る神が、骨をまかなくなってしまい、不漁になるというわけです。
 サケは、アイヌの人たちにとって食料にするだけではありませんでした。サケの皮からは、衣服や冬にはく「ケリ」と呼ぶ靴も作ったのです。ケリは背ビレが靴底となるようにして、滑り止めとしました。服はヒレの部分をとって縫い合わせて作ります。大人用には、約50枚の皮が使われました。


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