水の話
 
自然と人とが対等であった庭

蹲踞(つくばい)、垣根、灯篭、飛び石などで庭を演出
 日本の庭は自然の風景を凝縮して表現したものだといわれています。また、自然の風景を水を使わず、石と砂を主体として表わしたのが枯山水です。あるいは、狭い空間に幽玄の世界を演出したのが茶庭です。
こうした庭の作りは、多くの個人住宅の庭に取り入れられてきました。そこで基本となる素材は灯篭、竹で編んだ四つ目垣、蹲踞、飛び石、植栽などでした。蹲踞というのは、茶庭における手を洗うために水を溜めた鉢のことで、灯篭は、蹲踞を照らす照明器具の役割をもっていました。蹲踞の横には水琴窟が埋められていることもあります。これは、底に穴を開けた瓶を逆さまにして埋めて、小石をかぶせたものです。手を洗った水が小石の間から浸み込み、逆さまに埋められた瓶の底の穴から下へ落ちたときに立てる微かな水音の響を楽しむ仕掛けです。ただし、水琴窟は焼物の瓶との関係のためか、関東ではあまり見られず、中部より西で作られる場合が多いようです。いつ頃から作られるようになったのか、はっきりとは分かりませんが、江戸時代の後期ではないかといわれています。

松が消えた庭
 日本人が、一戸建住宅を強く求めるようになったのは、日本経済が急速に成長を始めた昭和30年代(1950年代~1960年代)からでした。住まいを持つと、次はきれいな庭の需要が増えてきました。庭石を入れ、灯篭を建て、蹲踞や飛び石を配置し、マツを中心とした庭木が植えられました。手入れの仕方によって様々な形態になるマツは、庭木の中で最も重要な植物だったのです。他にも、ツゲ、マキ、ツバキなども庭木として植えられました。それらの木は、造園業者によって剪定しながら育てられた枝ぶりのいい「仕立てもの」といわれる木々でした。農村部でも農業の機械化によって、家の前にあった作業のための空間は不必要になり、松を植え、池を掘り、灯篭を建てた庭へと変化していきました。
ところが、20~30年ほど前から庭木の需要が少しずつ変化し始めました。山に生えている、人が手入れをしていない雑木をそのまま庭に植えることが多くなったのです。その結果、造園業者が10年、20年と手入れをして作ってきたマツが売れなくなってしまいました。さらに10年ほど前からガーデニングがもてはやされるようになってきました。そこでは色彩豊かな、珍しい外国の花もたくさん使われています。雑木を植え、色取り取りの花が植えられた庭は、それまでのマツや灯篭、蹲踞といったものを用いてきた日本の庭のイメージとはかなり違ったものとなってきました。
このような庭の変化は、日本人の生活のスタイルが変化したからだといわれています。それまで、庭は眺めることが中心にして作られてきました。ところが、現代の新しい庭には、家主自身が草花の手入れをしたり家族そろってバーベキューを楽しむというように、一種の遊びの空間としての用途が加わったのです。

路地
日本の庭は、眺めることを目的として作られてきました。樹木や石の大きさ、配置などで、奥行きの感じられる庭を作り出しています。露地のような狭い空間でさえ、ときとして雑木林の中にいるような雰囲気を醸し出します。

室内から見た庭

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