水の話
 
水とともに生きる智慧
どんこ舟が橋の下に差しかかりました。石造りの橋台が両岸から迫り、狭い水門の間をくぐり抜けるようにして舟は通ります。堀の水深はそれほど深くはありません。川底まで見通せます。目を凝らせば小さな魚もたくさん泳いでいます。

遊水池としての役割
 市内を縦横に張り巡らされた水路は柳川にとって欠かすことのできない様々な機能を備えています。海抜0メートル地帯が市街地の多くを占める柳川市では大雨の時に川から排水をしようとしても、海水が市街地へ逆流する可能性があります。そこで水を蓄える遊水池が必要となりますが、その機能も水路が担っています。
水路に架かる橋の橋台が川の中央に向かって大きく張出しているのは橋と橋の間を池のようなかたちにして、水を保たせるためであったのです。こうした水を保たせる仕組みを「もたせ」とよんでいます。橋台がV字形をしているのは普段は水を保たせ、大雨で堀の水位が上がった時にはたくさんの水が流れるように調整するためです。橋のあるところを利用して流量を調整する一種の水門がつくられているのです。
水路の途中にはいくつもの水門があります。大雨が降った時にはこれらの水門を閉めておきます。上流の水路の水が満杯になってこれ以上は貯められなくなった時、水門を開けて下流側へ水を流します。そうして次々と下流側へと水を落としていきながら洪水被害を防ぐようになっています。
もたせは橋や水門だけではありません。農業用水を引くためにつくられた大きな水門を誤って全開してしまうと、水路の水が急速になくなってしまいます。城にとって堀の水がなくなることは、防衛上あってはならないことです。そこでそうした水門のすぐ上流には越流堰が設けられ、城堀の水位を一定以上に保たせるような工夫もしていました。
市街地を巡った水路の水はやがて沖端川をへて有明海へ放流されますが、
そこでも満潮時に海水が逆流しないような工夫があります。水路の最後の部分は行き止まりとなり、川とは直接つながってはいません。水路の終点部分には大きな升状の排水口が上を向いて取り付けられ、オーバーフローした水だけが排水されるようになっています。さらに排水口の中には弁が取り付けられて、海水が逆流して侵入することを防いでいます。

V字形の橋台 V字形の橋台
大雨のときは遊水機能として、また干ばつの時には貯水機能を発揮できるようにV字形の橋台をもった橋や水門がつくられています。
V字形の橋台

水門 道路の下を潜る水路は、現代風の「もたせ」として入り口と出口のところに堰がつくられています。(写真右)

水路の水が最後に沖端川へ流れ出す直前には、海水が逆流しないような構造の水門が取り付けられています。(写真左)
もたせ


使われることを前提にして戻される水
 川下り舟が通るのは川幅の広いかつての城の堀であったところです。水路に沿って民家が立ち並んでいます。どの家も水路は自分の裏庭の一部といった雰囲気です。それぞれの敷地から水路に向かって「くんば」とよばれる水汲み場がつくられています。水路を挟んだ反対岸に庭をもっている家もあります。庭の手入れをするときは、小舟で水路を渡ります。
舟が通ることのできないような狭い水路にもくんばがあります。柳川に町がつくられて以来何百年もの間、水路の水はここで暮らす人たちにとって貴重な生活用水であり、飲用水としても使われていた上水道でした。ところが下水道はありませんでした。地形的に上水道と下水道を区別してつくれなかったため、一度使われた水も、水路に戻すほかはなかったのです。使った水、捨てる水という区別をするのではなく、水は全て使われるという前提があったのです。もしも上流の人が水路を排水路として使ったならば、下流の人は上水として使えなくなってしまいます。水を使った人は自らの責任で再び上水として使えるようにしてから水を水路へ戻さなければなりません。
使った水をきれいにする工夫として考えられていたものに「たんぼ」あるいは「溜(ため)」とよばれる仕掛けがありました。仕掛けといっても実に単純なものでした。それぞれの家庭の台所や風呂場、洗濯場の横に素堀りの穴をつくり、使った水を、一旦その穴の中へ溜めて土中のバクテリアの働きで浄化させ、きれいになった上澄み液が溝を通って水路へ流れるようにしていたのです。これは一種の浄化槽のようなものです。また、家のすぐ横にミズイモ田をつくり、台所などで使った水は必ずそこを通ってから水路へ戻るようにしていた家もありました。
さらに年に1回、農閑期には水路の水を全て一斉に落とし、住民総出で水草や川底に溜まったゴミを取り出して清掃をしていました。取り除いた水草などは田畑の肥料として使われました。こうして長年に渡り水路の水の清浄さが保たれてきました。

瓶くんばで汲んだ水は屋内の瓶に入れられ生活用水に使われていました。水路との高低差が少ないくんばの入り口には増水時に水が屋内に浸入しないように落し戸が取り付けられています。現在でも庭木などへの撒水に水路の水を使っている家もあります。 入り口
入り口


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