水の話
 
和紙が和紙である理由
水はあらゆるものを産みだします。子育ての神「御子守神」も、もとはといえば水を司る「水分神」が姿を変えたといわれています。
和紙の持つ優しさは、水を大切にしてきた紙漉く人々の心の優しさなのでしょうか。
和紙の中には水、太陽、そして木の温かみといった自然の恵みも漉き込まれているのです。

紙漉きに必要な条件
 天保7年(1863)に刊行された「紙漉必要」という本があります。その中で紙を漉くのに適した土地として次のような場所をあげています。
「紙を漉くには山川に清き流れありて泥気なく、小石にて浅く滞りなく流るる川の浄地を佳とす。又は清水の多く出て、末はさらさら流るる地は宜し、水温みて色に濁ある河は宜しからず。其所の水によりて紙の善悪あれば、先ず水見立てること第一なり」
上質の紙を漉くには、良質の水と紙漉きをする人の技術が一体となってはじめて可能になります。
漉き舟から紙料をすくい取り、漉き桁をゆり動かす作業は紙漉きの中でも、一番脚光を浴びる場面です。しかし、紙を作るには、原木の刈り取りから始まり、皮剥ぎ、表皮取り、水浸け、煮熟、漂白、チリ取り、叩解、紙料作り、漉き、乾燥などいくつもの工程を経なければなりません。しかも、どんな紙ができるのかは、漉く前の段階までに決まってしまうともいわれます。紙を漉く人はどの工程もおろそかにすることはありません。

漉き作業 干し板
干し板に漉いたばかりの和紙を張るとき、剥がしやすいように端を二重に折ったり、別の紙をはさみ込んだり、1枚ずつ張ったり数枚を重ねて張ったり、産地によって、いろいろな工夫が見られます。

軟らかな水だからこそできる和紙
 和紙づくりでは煮熟した原料から灰汁を洗い出すために、流水に浸します。昔はこの作業を川の中で行いました。しかし、いまでは家の横に作業小屋を建て、その中に小さな用水路を作って谷川の水を引き作業をするのが普通となっています。越前ではこうした作業をする場所を川小屋と呼んでいます。もともと川の上に小屋を作っていたからです。
美濃では、長良川の支流である板取川の水が使われていました。しかし、離れた川まで原料を運ぶのは大変な重労働です。しかも堤防が築かれ、仕事はさらにきつくなりました。昔のような広い河原も少なくなっています。家の横に谷川の水を引くことによって、昔に比べて作業は随分と楽になりました。しかし、川が昔ほどきれいではなくなったということも、川での作業をしなくなったひとつの理由のように思われます。
きれいな谷川の水を使うといっても、そこに含まれている微量な成分によって、紙の善し悪しや堅さに影響が現われます。例えば塩化物が含まれている水を使って漉かれた紙は、金属に触れると錆びを発生させてしまいます。銀糸を使った着物や帯を、塩化物の含まれた水を使って漉かれた紙で包んでしまっておいたため、シミのような黒い斑点を生じさせたという例もあります。水道水には塩素が含まれているため、こうした水を使って漉くと、何年か後には紙が赤く変色してしまいます。紙には薬品を残してはいけないのです。
ヨーロッパで和紙づくりの実演をしようとしたところ、水道水が硬水であったためにうまくいかず、ミネラルウォーターを使用してもだめで、急遽バッテリー液に使う蒸留水を利用したという話があります。硬水ではネリがしゃびしゃびとなって効かなくなってしまうのです。日本のような軟水を使ってこそ、はじめて和紙は作ることができるのです。
美濃も越前も日本を代表する紙の郷ですが、美濃は障子紙を、越前は奉書紙を得意としています。漉き舟の揺すり方は、越前の方がゆっくりとしているようです。その理由を辿っていくと、最終的には水の違いが紙料などの配合の違いとなり、漉き方の違いに現われるからだといわれています。両産地の水を比べると、越前の方がやや軟水となっています。
漉き簀
千数百年の歴史をもつ和紙づくりは、いわば完成した技術です。原料を叩解する機械、漉き上がった和紙を脱水するプレス、乾燥のための機械など、近代的設備が導入されている工程もありますが、紙漉きの中心となる漉き舟や漉き簀は、いまも昔ながらの素材で作られています。


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