水の話
 
和紙が和紙である理由

流し漉きと溜め漉き
 「七つ八つから紙漉き習ろうて、ネリの合加減まだしらぬ。嫁を貰うなら紙漉娘、仕事おはでて色白で。清き心で清水で漉いて、干した奉書の色白さ。」
越前(福井県)の今立町に伝わる紙漉き歌の一節です。かつて、日本中の様々な労働現場で仕事にまつわる歌が歌い継がれてきました。紙漉きの現場も同じです。地方によって役割に若干の違いはあるようですが、女性も紙を作るための貴重な労働力であったのです。
丹念にチリを取り除かれた原料は、いよいよ繊維が細かく叩きほぐされます。これを叩解(こうかい)と呼んでいます。叩く道具は地方によって異なり、美濃では木鎚が使われますが、越前では叩き棒が使われます。現在はピーターと呼ばれる機械なども導入されています。この工程は紙づくりの中で一番の重労働ともいわれています。よくついた餅のようにも見える叩解された原料は、漉き舟の中で水とトロロアオイによって作られたネリが加えられて紙料となります。ただし、越前奉書紙を漉くときは、叩解した後でさらに「紙出し」といわれる水洗いをして、細かなチリを取り除きます。
紙料をすくい取るのは、漉き簀を敷いた漉き桁(けた)です。すくい取られた紙料は、漉き桁の上でゆすられ、水が切られます。このとき、ネリが入っていないと、漉き簀から叩解された紙料が水と一緒にさっと落ちてしまいます。しかし、ネリのおかげで漉き簀の上に止まるため、漉き簀をゆすり、繊維をうまくからませることができるのです。しかも、ネリは繊維の沈殿を防ぎ、繊維の分散をよくします。こうして楮のような長い繊維のものでも良質な紙となるのです。この動作を繰り返すことによって、漉き簀の上には紙が形成されていくのです。この紙漉きの光景は和紙づくりの中で最も一般的かもしれません。実際、和紙の特徴はこの流し漉きにあるのです。
一見単純にも見える紙漉きですが、ここでは3つの動作が行われています。最初に汲み取るのが化粧水(初水<うぶみず>)で、漉き簀全体に繊維が薄く平均に行き渡るようにします。このときにも、残っているチリなどを取り除きます。次が調子といわれ動作で、やや深く汲み込み漉き桁をゆり動かしながら繊維を均等にからみ合わせていきます。このゆすり加減によって、繊維のからみ具合が変わってきます。長年の経験と勘がものをいう工程です。そして求められる厚みとなるまで、何回も汲んではゆり動かします。最後が払い水あるいは捨て水とよばれるもので、浅く汲んで漉き簀の上の紙料を一気に流し捨てます。漉き桁から漉き簀をはずし、裏返して紙床(しと)の上に置き、そっと漉き簀だけをはがします。
一方、溜め漉きと呼ばれる方法では、紙料にネリは入れてありません。それを金網を張った漉き桁にすくい上げ、水分を金網の目から落します。厚い紙を漉く場合は溜め漉きが適しています。 楮のように6~21ミリもある長い繊維は、溜め漉きには適しません。雁皮、三椏の繊維は3~5ミリと楮に比べて短いのですが、それでもよく叩解して、繊維を短くします。

不純物や傷を取り除く 叩解する 原料についている不純物や傷を取り除く作業は何度も行われます。上質の和紙になればなるほど、根気よく繰り返し行われます。最後は、原料の繊維を1本1本ほぐすようにして細かなチリを取り除きます。(左上)

晒された原料の樹皮の1枚ずつを丁寧に選り分けながら、細かな傷を取り除きます。(左下)

叩解するにはカシの木などで作られた重い叩き棒を使います。叩くときに力を入れすぎると繊維が切れてしまいます。あくまでも、繊維をほぐすのです。(右上)

よく叩解された原料は、薄く広げることができます。すでに和紙の姿をもっています。(右下)
細かな傷を取り除く 叩解後

漉き桁
繊維が薄く、均等に漉き簀の上に広がるように、漉き桁をゆり動かします。紙料をすくいとってゆり動かすたびに、漉き簀の上は少しずつ白くなり、紙が漉かれていきます。

太陽によって白くなる和紙
 漉き舟の中で生まれ、紙床の上に何枚も重ねられていく和紙。紙料の段階では灰色がかって見えたのが、この段階にくると白さを増しています。しかし、水分をたっぷりと含んでいるため、触れば崩れてしまいそうです。ある程度の量がたまると、圧搾して余分な水分を取り除きます。その後は1枚づつ剥がし、干し板に張り付けて乾燥させます。この板の材質は越前では銀杏、美濃では栃などが使われます。このほか松などを使う地域もあるようです。現在ではステンレス製の乾燥機なども使われていますが、板に張って天日干しするのは、単に乾かすためだけではありません。太陽の紫外線によって漂白させる意味もあるのです。しかも、紙の原料は植物です。干し板も植物です。湿った紙を張れば干し板も湿気を帯びて膨張し、日に干せば同じように収縮します。金属では乾燥するときに紙だけが縮もうとします。和紙の品質を表わす表現に「肌合いがいい」という言葉があります。自然の恵みによって作られた和紙にこそよく似合う言葉です。

干し板 乾燥
脱水された紙は干し板の上に張られ乾燥させます。干し板は継ぎ目のない1枚板が使われます。何百年もにもわたり受け継がれてきた板ばかりです。現在では、こんな大きな1枚板を手に入れるのは困難だと思われます。


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