水の話
 
ビールの味を決めるもの

安城デンビール 安城デンビール
地ビールメーカーの多くは工場にレストランを併設しています。こうしたビールの醸造設備もレストランの演出効果を高めています。
写真:安城デンビール(株)

 日本酒に使われる水として有名なのが灘の「宮水」(兵庫県西宮市)です。この水はいわゆる硬水です。では、ビール造りに適した水というのはどうでしょう。ドイツのミュンヘン、イギリスのエール・ビールの発祥地であるバートン・オン・トレントなどの水は、宮水よりもさらに高い硬度の水です。そうだとすれば、日本のように軟水の多い地域はビール造りに不適当かというと、そうではありません。一般に濃い色のビールには硬水が、薄い色のビールには軟水が適しているとされ、味も多少異なったものになってきます。ただ、水がビールにどのような影響を与えるのかは、厳密には分かってはいないようです。確実に言えることは発酵に悪い影響を与える成分が含まれている水は不適、ということです。
つまり、ビール造りに適した水というには、まず第一に有害な成分や鉄分が含まれていないことです。たとえば微量な鉄分はほとんどの水に含まれていますが、鉄分が多くなると水そのものがまずくなってきます。ビール造りでも鉄分が多いと味を悪くしてしまい、色も黒っぽくなってしまいます。もう一つは、飲んで美味しい水ということです。結局は水の硬度は高すぎず、低すぎず、ミネラルの含有量のバランスのとれた水ということです。

酵母も、水が違えば働きが微妙に違ってきます。つまり、味も変化するということです。地ビールがそれぞれ個性的な味を持っているのは、地域ごとに異なる水に合わせた醸造方法を考えている、ということでもあるのです。

大手のビールメーカーは、同じ銘柄のビールの品質を均質にしなければなりません。しかも、酵母が混じっていると濁りの原因ともなるため、製造の最終段階ではフィルターで、酵母が残らないよう濾過します。そうすることによって、流通過程で品質が変化しないようにしているのです。こうした品質管理を行うにはかなりの設備投資が必要です。一方、地ビールメーカーの多くは小規模なところが多く、莫大な設備投資は容易には行えません。ある程度は余分な酵母を除去しますが、それでも1リットル中、10億~100億の酵母が残ります。小規模の地ビールメーカーは大手に比べ、不利な立場のようにも見えますが、大手メーカーのように全国へ大量に流通させず、製造したその場で消費するようにすれば、何ら問題はないのです。むしろ、健康にもいいとされる酵母が入っていることを売り文句としているところも見受けられます。

文化のビールと文明のビール

中央アルプス
水にこだわる地ビールメーカーはたくさんあります。たとえば南信州ビール(株)も、中央アルプスを源とする清冽な水を原料にうたっています。

 日本のビールは、明治になってから西洋文明と共に入ってきました。それはまさに「文明の味」でした。それから100数十年、今度は地ビールが注目されています。「文明のビール」は喉ごしがすっきりし、飲みやすい下面発酵のピルセンタイプのビールが中心ですが、地ビールの多くは香り豊かで、味わいながら飲むのに適した上面発酵で作られるいわゆるエールタイプのビールです。地ビールが作られるようになった一番の理由は、作る側から見れば酒税法の規制緩和に求めることができます。しかし、受け入れる側に地ビールを認める理由がなければ、一時の作られたブームにしか過ぎなくなってしまいます。地ビールが好まれている理由を一言で表現すれば、そこに文明ではなく、地元の新しい「文化の味」を感じたから、といえるのではないのでしょうか。


   冷蔵宅配技術の進歩で、遠隔地の地ビールを取り寄せることも可能ですが、地ビールは基本的に現地まで出かけなければ飲むことができません。しかもビール工場ごとに味は異なっています。そして、地ビール工場の多くはレストランを併設し、目の前の醸造所で造られた出来たてのビールをその場の雰囲気に合わせて提供しています。
南信州ビール
地ビールは各々のメーカーが独自の味を競い合っています。 左から南信州ビール(株)で造られているゴールデンエール、インディアぺールエール、デュンケルバイセン。いずれも個性的な味と香りが楽しめます。
写真:南信州ビール(株)
   地ビールの特徴は、そこだけの個性的な味を大切にしようとしていることです。その個性は何から生れてくるのかといえば、醸造方法とその地域の水の二つだけといっても過言ではありません。原料である麦芽、ホップはどこもほとんど同じものが使われているからです。地ビールの味には、その地域の水に対する関心の高さが表われているのかもしれません。水への関心の高さは、地域文化への関心の高さでもあるのです。

メニュー1 2 3 4|次のページ