水の話
 
湿地という言葉で表される場所

東海地方は日本有数の大湿地帯
湿地分布図 高山性の花が咲く広大な湿原と、丘陵地などで見られる小さな湿地との間に違いはあるのでしょうか。実は、学問的に湿原と湿地との明確な区分はありません。違いがあるとすれば大きさくらいということです。もちろん大きさといってもかなり感覚的なものにしか過ぎません。
本州中部にある伊勢湾を取り巻く東海地方には多くの湿地が形成されています。この地域が日本でも有数の大湿地帯だといわれると奇異に感じられるかもしれません。たしかに広大な湿原はありません。湿地といっても大半が畳1~2帖程度の広さです。その中で最大のものが愛知県にある葦毛(いもう)湿原です。ここも湿原と呼ぶにはちょっと抵抗を感じてしまうほどの広さしかありません。
 湿原は形成過程から見て低層湿原、中間湿原、高層湿原として区分したり、植生からヨシ湿原、ミズゴケ湿原のような分類が行われます。ところが伊勢湾を取り巻く地域には、そうした分類には当てはまりにくい独特の湧水湿地がたくさん発達しています。
一般に湧水湿地は地下水が水を通さない層(不透水層)に行き当り、地表へ染み出してつくられます。不透水層が地表近くにあれば、山の斜面の至る所から水が湧きだして湿地をつくります。陶器の原料となる陶土も不透水層となります。この地域には瀬戸、多治見などに代表される古くからの陶器生産地がたくさんあり、陶土は地表面近くから採掘されています。
東海地方が日本有数の湿地帯というのは、この地域が不透水層の上に成り立っているため湧水湿地が多いということです。もちろん山の中に作られた休耕田やため池などが湿地となったものもありますが、そうしたものも含めて東海地方の湿地では、この地方でしか見られない固有の動植物もたくさんいます。

葦毛湿原
木道が整備され、誰もが気軽に散策を楽しめる葦毛湿原は東海の尾瀬といわれています。しかし尾瀬のような水面は見られません。地表面が湿っている程度です。ミズゴケも生えていますが、浮き島がつくられることはありません。


特異な生態系を作り出してきた東海地方の湿地
 愛知県の東部にある葦毛湿原の標高は60~70メートルで温暖な気候帯に位置しています。ところが北海道や東北といった寒冷地でしか見られない植物がここには生育しています。例えば高山植物の一つにコバイケイソウがありますが、その仲間であるミカワバイケイソウがこの地域に自生しています。かつて地球が氷河期になったとき、高山性の植物が南下してきました。その後地球が温暖化したとき、コバイケイソウなどいくつかの植物が取り残されて独自に分化したのです。ヤチヤナギという低木も北海道や東北などの湿地では普通に見られますが、それ以外の地域では東海地方の湿地に限られています。シデコブシの自生地も、東海地方に限られています。
一方、食虫植物のモウセンゴケはもともと南方の植物ですが、この地域ではトウカイコモウセンゴケという固有種があります。これは日本が大陸と陸続きで大陸的な環境が広がっていた時代に進出し、そのとき湿地の多い東海地方に残されて分化したと考えられています。水生昆虫のヒメタイコウチも東海地方以外では兵庫県など一部の地域で見つかっているだけですが、これも同様に大陸から進出し湿地の多い東海地方に残ったと考えられています。さらに長野県では乾燥した山間部にいるヒメヒカゲやヒメシジミというチョウが、東海地方に限って湿地にすんでいます。これらのチョウはもともと大陸の草原にすんでいました。日本が大陸と陸続きで草原が広がっていたと考えられる時代に日本へ渡ってきて、その後日本に森林が形成されていく過程ですみかを狭められ、草原と似た環境の山間部をすみかとしましたが、東海地方では湿地を草原の代わりとして生き延びてきたと考えられています。
貴重な動植物の宝庫となってきた湿地は都市近郊の丘陵地帯にあることが多く、住宅開発などで消滅したり、開発の影響をうけて地下水脈が寸断されるなどして乾燥化も進んでいます。
湧水
葦毛湿原では地表面のすぐ下に不透水層があるためか、緩やかな傾斜の一部が崩れたところから水が湧き出しています。

トウカイコモウセンゴケ ミカワバイケイソウ ハルリンドウ
葦毛湿原ではこの地方固有の植物が見られます。食虫植物のトウカイコモウセンゴケ(左)は普通のモウセンゴケよりも小さく全体に赤みがかっています。林の中の湿った場所ではミカワバイケイソウ(中)が、明るい湿地の中ではハルリンドウ(右)が可憐な花を付けていました。


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