水の話
 
日本の文化を作り上げてきた針葉樹

緑は水を蓄えない
 1年間に森林に降った雨のうち、森に蓄えられるのは50~60%でしかありません。森林が水を蓄えるといっても、それは木自身が蓄えるのではなく森林土壌に蓄えられるのです。森林土壌の表面は落ち葉やそれらが腐ってできた有機物の層でできていて、その下に砕けた岩石と有機物が一緒になって作られた土の層があります。これらの層の体積のうち、多いものでは3分の2が空気の孔でできています。これは団粒構造と呼ばれています。水はここに蓄えられるのです。もちろん山から木がなくなったとすれば、団粒構造を作っている土壌が雨で洗い流され、山は保水力をなくしてしまいます。

 山は緑で覆われているから保水力があるのではなく、団粒構造の厚い土壌となっているから保水力があるのです。木の根はこの土が雨で流されたり、風で吹き飛ばされないような役目をしています。広葉樹の根は地中の奥深くへ入り込みますが、ヒノキ、サワラ、アスナロ、ツガ、トウヒなどの針葉樹の根は地表の浅いところでネット状に横へ広がります。ヒノキやツガなどの森の中に作られた道は、人が歩いたり雨水によって落ち葉などが取り除かれるため、こうした根が地表に現われ、歩きにくくなっていることも多いのです。

大地に根がしっかりと張っていれば、山は崩れることもなく、十分な保水力を発揮してくれます。最近は洪水被害がでるたびに、山の保水力が低下しているのではないかといわれています。

切り株
地表に近い部分の幹は中が空洞となっているため、人の腰から胸くらいの高さで伐採されることが多いようです。広葉樹の場合は切り株のところから新たに芽を出すものがありますが、針葉樹の場合はこうした切り株の上に落ちた種子から芽を出し、成長するものもあります。

 原因としては乱開発や、広葉樹に比べ保水力が少ないスギ、ヒノキなどの人工林が多すぎるからではないかといわれています。確かに日本の国土の約67%は森林で占められ、そのうちの約40%は人工林です。針葉樹の落ち葉は広葉樹に比べ腐りにくく、分解されるまでに時間がかかります。しかし、場所によっては針葉樹林も広葉樹林も保水力にほとんど差がない場合があります。それは、地形や落ち葉の下の土質などが大きく関係しているからです。むしろ、人工林の手入れが十分に行われていないことに大きな問題があるようです。

針葉樹の根 森の中のせせらぎ 森の中のせせらぎは、いつも清らかです。それも木々のおかげです。
地表に現われた針葉樹の根。地表の浅い部分で、網のように根を広げることによって土砂の流失を防いでいます。

木の文化は針葉樹の文化
 照葉樹林文化あるいはブナ帯文化という言葉がありますが、針葉樹林文化という言葉は聞きません。針葉樹には文化を育む価値がないということではありません。むしろ、日本の文化に最も貢献してきたのは針葉樹だといえるはずです。木造建築、土木工事などに使う木材は広葉樹よりも針葉樹の方が適しています。針葉樹はまっ直ぐ伸びるため、建設工事などに都合がいいからです。しかも広葉樹に比べ、軽く柔らかいため細工がしやすく、油気が多いので長持ちします。人間が木を使いだしたころは、様々な木を使っていたのでしょう。そうした中から、使いやすい針葉樹が広葉樹よりも多く使われるようになったのです。つまり、わざわざ針葉樹文化という言葉を使わなくても、木の文化の多くは針葉樹による文化であったといってもいいのです。
建材
針葉樹はまっすぐに伸びるため、昔から建材などに利用されてきました。

小学校の食堂
総檜造りの
小学校の食堂

最近は様々なところで木の良さが見直されています。(長野県楢川村楢川小学校)
 もちろん広葉樹も人間に様々な恵みを与えてくれます。里山といわれるところでは、落ち葉の堆肥や薪炭を提供してくれます。山菜も豊富で、たくさんの種類の鳥や動物も住んでいます。森の中を流れる川は養分も豊富で、たくさんの魚を育てます。しかも、炭焼きの森をみても分かるように、一度切った木は根元のあたりから新たに芽を出し、再び成長するため、再造林の必要もありません。しかし、木材としての価値そのものは、針葉樹の方が高いのは事実です。そのため、日本では古くから人工林の技術を発達させました。

スギで有名な奈良の吉野では、最初の植栽で100メートル四方に1万本のスギを密植します。そして、商品として出荷されるまでの100年間に13回も間伐を繰り返すのです。しかも、それぞれの間伐材は建築用の足場、鉱山の支柱などと用途は決まっていて、それぞれ商品価値をもっていました。また、美林として有名な京都の北山杉の人工林は数寄屋造りの家をつくるために室町時代から始められたとされています。そうしてタネや苗木の提供、さし木技術といったものが発達していきました。

 ところが外国産の安い木材が輸入されるようになると、日本の林業は経営がだんだんと苦しくなっていきます。植えてから20~30年した間伐材1本が種を巻いて2~3か月で収穫できるダイコン1本と同じ価格というのでは、林業が成り立たなくなるのも当然かもしれません。間伐されない山の木は十分に根を張ることができず、斜面が崩れやすくなってきます。森林の中へは日光も届かず、下草も生えなくなってしまい、山の保水力も低下します。

木曽の大橋 中央線・上松駅
木曽の大橋
樹齢300年以上のヒノキを使った太鼓橋が旧中山道の宿場、奈良井宿に作られています。
いまも昔も木曽の木材の集積場となっている、中央線・上松駅。
赤沢自然休養林
日本における森林浴発祥の地といわれる赤沢自然休養林にはいまも森林鉄道の一部が残され、当時を偲ばせてくれます。


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