水の話
 
自然の中でのキノコの役割

循環する生命風景
 食物連鎖という言葉があります。小さな虫は大きな虫や魚のエサとなり、その虫や魚もまた、小動物のエサとなります。そうして、次々とより大きく強い動物のエサとなっていき、最後には他の動物のエサとなることのない強い動物が生き残ります。たとえば、猛禽類のタカは森の中ではそうした食物連鎖の頂点に立つ動物です。しかし、食物連鎖はそれで終わることはありません。食物連鎖の頂点に立ったものにさえ、いつかは死が訪れます。そして彼等もまた、他の生き物のエサとなるのです。死んだ動物の体を分解し、再び無機物として大地へと返す役割は、主に細菌が担っています。

それに対して植物の分解には、カビやキノコが大きな役割をもっています。動物の病気の原因には細菌が係わっていることが多く、植物の病気にはカビが係わっていることが多いことからもそのことは分かります。これは、植物の体の細胞には、動物と違い丈夫な細胞壁があり、この細胞壁を突き抜けていくにはカビやキノコのように菌糸体となっている方が適しているからです。
森の中を覗いて見ましょう。枯木、地面、落ち葉の間など様々な場所にキノコが生えています。足を乗せた倒木が、いとも簡単に崩れてしまうことがあります。菌類によって、硬い木質部分が分解されてしまっているからです。しかも、植物の体を形成しているリグニンやセルロースといった分解されにくい高分子化合物も菌類は長期間にわたって分解します。

カワラタケ
カワラタケ
サルノコシカケの一種で針葉樹や広葉樹の枯れ木に発生して、木を白く腐らせます。
 もしも、地球上に細菌や菌類といった生物がいなかったとすれば、動物が死んでもそのままの状態で永遠に横たわっていることになってしまいます。植物も分解されないため、森は枯木や落ち葉で埋め尽くされてしまいます。動植物が分解されずにそのまま残るということは、彼等が成長のために体内にため込んだ窒素、リン酸、カリなどが大地から不足して、植物そのものが育たなくなってしまいます。そうなれば、植物を食べる動物のエサが不足します。さらには、その動物をエサにして生きている動物も生存できなくなってしまいます。
 一方、植物は光合成によって大気中の二酸化炭素と水からデンプンや糖類などの炭水化物を作りだして成長します。つまり、植物は体の中に二酸化炭素を炭水化物として蓄えているのです。やがて枯木となり、菌類などによって分解されて、再び二酸化炭素を大気へと放出します。ところが、もしも、こうした分解が行われなければ、二酸化炭素は植物体の一部として固定されていく一方となり、その結果、大気中の二酸化炭素は減少し、植物は光合成を行えなくなり、植物自体もまた減少してしまいます。このように、すべての生命は循環し続けることによって生きているのです。

森を再生するキノコ
 森に多くの生命が息づいているということは、エサが豊富にあり森が豊かな証拠です。つまり、見事な食物連鎖が形作られ、そこでは生命が常に循環しているのです。そして、キノコが森の豊かさを作るのに大きな役割を果たしているのです。森の中をよく見回すと、サルノコシカケが付いている老木を見つけることがあります。それらの木はあたかも森の長老といった風格を備えています。

ところが、サルノコシカケは木を腐らせるキノコです。このキノコが付いた木は、やがて空洞となって強度が弱くなるため、大風が吹いたときなどに折れたり倒れたりするのです。そうして、その木は寿命を終えるのです。しかし、サルノコシカケも森にとっては大切なキノコです。硬い木を腐らせるものを木材腐朽菌と呼んでいます。何百年、何千年も生きてきた木を、生命の営みが終ってから腐らせようとすると、何百年もかかってしまいます。それでは、森の中の命がスムースに世代交代できません。そこで、木が生きているうちから、木に取りつくのです。ただし、サルノコシカケが付くのは生きた木とはいっても、その木の生命活動とは直接関係のない芯材と呼ばれる中央の部分です。木が生命活動を行っているのは主に樹皮の部分で、材木となる中央の部分は自らの体を支えているだけのことが多いのです。
倒木
木は風などで倒れただけでは腐りません。キノコなどの菌類の働きによって、分解され、土に戻ります。
小さな流れ
雑木林の中の小さな流れ。
水が森の命を育むように、小さなキノコたちは森を守っているのです。
 こうして森はキノコによって、常に新しい命のもととなるものを生みだしているのです。落ち葉や倒木はキノコによって分解され腐養土となり、森に降った雨を蓄えます。蓄えられた水は、キノコによって作り出されたさまざまな無機物を溶かしこみ、栄養豊かな水となって川を下ります。水は多くの命を育みながらやがて海に達します。そして海の生物たちのエサとなるプランクトンや海草を育てるのです。ここでも見事な生命の循環が行われているのです。

あらゆる生命を育むのに、なくてはならない水。天から森に降った雨は、生き物たちを養いながら、やがて小さな流れをつくります。その流れが清冽であるためには、森が健全であることが重要です。キノコはその森を守っているのです。



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